五柳庵の残日録

存命の喜び、日々に樂しまざらんや

寺町のザクロの花満開

2018年6月25日 月曜日 はれ

朝食後、寝不足で再びベッドへ。 午前10時半、茨島のモールへ。家人、マックスバリュで買い物をしている間に100円ショップを覗き、懐中電灯とマウスパッドを購入。 ずーっと歩いてホームセンターのところまできたとき、白いツバキのような花が目についた。その苗木の名前を知りたくて見に行く。 「クチナシ」の花であった。 「今では指輪も回るほど瘦せてやつれた…」という俗謡が浮かんできた。 この指輪が回るほどというフレーズ、手術後に実感として覚えがある。 まあ、連想が連想を呼んだということか。

加賀谷書店で家人を待つ。

帰りに寺町でザクロの花を撮る。この花が緑の濃い葉っぱの中に深紅をちりばめたように咲くと心にさざ波が立つ。

「あきた歳時記」が終わったら少しパソコンもUBUNTUやVIRTIALBOXをいじったり、つまらないことばかりやってますなあ。

隠れキリシタン」と「潜伏キリシタン」とはどう違うのか。 テレビのニュースを観ていて「潜伏キリシタン」が気になった。

// 《潜伏キリシタン》 江戸時代、キリシタン禁制に対して、表面的には仏教徒を装いつつ、密かにキリシタンを信仰し続けた人々。(中略)潜伏キリシタンの中には、キリシタン禁制の高札撤去(1873)以降も教会に復帰しない人々がいるが、江戸時代の潜伏キリシタンと区別する意味で彼らを隠れキリシタンとよぶ。 (『山川日本史小辞典』(山川出版社)の「潜伏キリシタン」より) //

結局はよく分からない。馬鹿だからなあ。